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Ⅱ章-6 溶離液の脱気について

溶離液として使用する水や有機溶媒にはもともと気体(空気)が飽和されていますが、両者の混合液になると単一溶媒の場合より溶解度が小さくなってしまいます。したがって、水と有機溶媒の混合液中には飽和量以上の気体が存在することになり、その余分な気体が気泡として発生してきます。溶液への気体に飽和量は、溶液や気体の種類・温度・圧力などによって異なりますが、この気体がHPLCにおいてさまざまな問題を引き起こす原因になっています。その問題を最小限に抑えるためには、溶離液を充分に脱気する必要があります。ここでは、脱気不足による問題点や脱気方法などについて解説していきたいと思います。

脱気不足によって起こる問題

HPLCの溶離液は、ほとんどの場合2種類以上の溶液を混合して使用するため、調製した溶離液中には大量の気体が溶存しており、わずかな振動によってでも気泡が発生します。この気体はHPLCのポンプ・カラム・検出器などあらゆる箇所でさまざまな問題を引き起こします。以下に、溶存気体が原因となって生じる問題をまとめましたので、分析中によく似た現象が起こったら溶離液の脱気を再度行ってください。

箇所
問題点
現象
ポンプ
脈流・流量変動などの送液不良
保持時間の遅れ
面積値の変化
ポンプからの異常音
カラム
カラム効率の低下
理論段数の低下
ピーク形状の悪化
圧力の低下
検出器
サンプルの検出を妨害
ベースラインの変動
ノイズの発生
検出感度の低下

以上の問題点の内、ポンプの送液不良やカラム効率の低下に関しては、気泡さえ発生していなければそれほど頻繁には起こりませんが、検出器での問題は気泡が発生していなくても気体の溶解量が多いだけで起こる可能性があります。このうちベースライン変動については特にRI検出器で起こりやすく、さらにグラジエント分析の際にはこの現象がより顕著に現れます。また、検出感度の低下は蛍光検出器を使用した場合にしばしば見られ、ある特定成分の蛍光強度が酸素の存在によって減少してしまうことに起因します。

脱気方法

溶存気体(空気)によってもたらされるさまざまな悪影響は、溶離液を適切な手段で脱気することによって取り除くことができます。その方法としては、溶離液を装置にセットする前にあらかじめ脱気を行う方法、溶離液を送液しながら脱気を行う方法、また分析流路中に脱気装置を組み入れてオンラインで行う方法などがあります。それぞれの脱気方法について、操作法や特長などを以下に示します。

方法
操作法
特長および欠点
減圧
溶離液ビンにアスピレーターを接続し、ときどき撹拌しながら気泡が発生しなくなるまで5~15分間減圧する。
低コストで簡単ではあるが、溶離液組成が変化しやすい。
超音波
溶離液ビンを超音波洗浄器に入れ5~10分程、超音波振動させる。
安全かつ簡単ではあるが、充分な脱気はできない。
減圧+
超音波
溶離液ビンを超音波洗浄器に入れ、アスピレーターを接続して1~2分程、減圧振動させる。
短時間で簡単に脱気できるが、溶離液組成が極めて変化しやすい。
ヘリウムパージ
溶離液中にヘリウムガスを送り込み、溶存気体をヘリウムに置換する。ヘリウムの溶解度は酸素に比べて約1/10であるため、空気の再溶解が起こりにくい。
常に安定した脱気状態を保つことができるが、ランニングコストが非常に高い。
脱気装置
ポンプの前に組み込むことによって、オンラインで自動脱気する装置。外部が減圧状態にある特殊樹脂膜製のチューブに溶離液を通して気体を透過させる。
溶離液組成の変化が少なく低コストではあるが、使用流量に制限があり、内部ボリュームも非常に大きい。

溶離液中の気体の除去は、以上のようにさまざまな方法が使用されていますが、すべての脱気方法に一長一短があるため、どの方法が最適であるとは断言できません。分析目的と予算に合わせて、できるだけ有効な方法を選択するようにしてください。また、溶媒倉庫などで保管していた溶媒を冬季に使用する場合や、水とアセトニトリルを混合した直後などは液温がかなり下がっているため気体が大量に溶存しています。この状態で脱気を行っても、室温に近ずくにつれて気泡が発生してきますので、必ず室温の状態での脱気を心がけてください。さらに充分に脱気を行った溶離液でも、ポンプやカラムオーブン内での温度変化やグラジエント時の溶離液混合にともなう温度変化の際に気泡が発生する場合がありますので細心の注意が必要です。

脱気のポイント

できるだけ使用する直前に脱気を行う

脱気直後から気体(空気)の再溶解が徐々に始まります。

アスピレーターなどによる脱気はできるだけ減圧時間を一定にする

有機溶媒のみが気化するため、溶離液組成が変化してしまいます。

デガッサー使用の際は最大使用流量に注意する

使用流量限界を越えると脱気不充分な溶解液が送られてしまいます。

RI検出器を使用する場合にはオンライン脱気が最適

空気の再溶解にともなう屈折率の変化によりベースラインが上昇してしまうため、常に安定した脱気が行える脱気装置を使用してください。

蛍光検出器を使用する場合には充分に脱気を行う

溶存酸素の影響によって蛍光強度が減少するため、検出感度が低下してしまいます。

検出器での気泡の発生には背圧をかける

検出器の出口側に抵抗管を接続して若干の圧力をかければ気泡は取り除けます。ただし検出器セルの耐圧には細心の注意が必要です。

こんなところにも注意しよう

溶離液中のゴミが分析ラインに混入するのを防ぐのが溶液フィルターですが、この溶液フィルターが目詰まりを起こすと正常な送液が行えなくなり、気泡発生の原因にもなります。溶離液を充分脱気したにもかかわらず、配管内に気泡が観察されたり、ポンプからの送液が設定流量通りでなかったりしたら、溶液フィルターを洗浄することをお薦めします。なお溶液フィルターの洗浄は、超音波洗浄器を用いたり、エアーガンや大きめの注射筒で空気または適当な溶液をフィルター内に送り込むことによって行います。溶離液中に浮遊していたゴミや塵が詰まった場合には空気やメタノールを、緩衡液などの塩が析出した場合には純水を、それぞれフィルターに送り込んでいただければ効果的に洗浄が行えます。