1章 なぜ標準ガスが必要か
1.なぜ標準ガスが必要か?
ガスクロマトグラフ(GC)をはじめとするガス分析装置は、試料を注入しただけでは「〇〇 ppm」という絶対的な数値を自動出力してくれるわけではありません。検出器が取得しているのは、あくまで成分に応じた「電気信号の大きさ(ピーク面積や高さ)」です。この電気信号を正確な濃度(%やppm)へ変換するためには、「基準となる既知濃度のガス」を流して、装置の応答特性を把握する校正(キャリブレーション)が不可欠です。この校正に用いる基準ガスこそが標準ガスです。
1-1.校正を支える標準ガスの種類
校正作業では、用途や段階に応じて以下の標準ガスを使用します。
校正用標準ガス
- 役割:測定機器の精度を維持・補正するために使用する、測定対象成分の濃度が正確に確定された標準ガス
の総称です。 - 特徴:測定器の原点を調整する「ゼロガス」や、測定感度(傾き)を調整する「スパンガス」「中間濃度標準
ガス」など、目的に応じたガスを組み合わせて使用します。
原ガス(原料ガス・元ガス)
- 役割:標準ガス(スパンガスや中間点ガス)を希釈・調製するための元となる高濃度のガスです。
- 特徴:目的の測定対象成分が高濃度(または100%純ガス)で充填されているガスボンベです。この原ガスを
ゼロガスで精密に希釈・混合することで、必要な濃度の校正用標準ガスを作り出します。
ゼロガス(ゼロ校正用標準ガス/ベースガス)
- 役割:ベースライン(信号の原点)を決定します。また、原ガスを希釈するためのベースガス(希釈ガス)
としても使用されます。 - 特徴:測定対象成分がまったく含まれていない(0% / 0 ppm)高純度ガスです。一般的には高純度窒素、ヘ
リウム、または不純物を徹底的に除去したゼロエアが用いられます。
スパンガス(高濃度側の校正用標準ガス)
- 役割:測定レンジの上限(感度・傾き)を決定します。主にプロセスGCや環境測定用GCなどで、ゼロ校正・
スパン校正というルーチン作業を行う際によく使われます。 - 特徴:測定範囲の上限付近(フルスケールの80〜90%程度)の既知濃度に精度高く調製された標準ガスで
す。ゼロガスとスパンガスの2点を結ぶことで基本となる検量線を作成します。
中間点ガス
- 役割:検量線の直線性(リニアリティ)の確認や、多点検量線の作成を行います。
- 特徴:ゼロ点とスパン点の中間に位置する濃度(例:測定レンジの30〜50%程度)の標準ガスです。分析機
器の応答が直線的でない場合や、広い濃度範囲で高精度な測定が必要な場合に使用します。
1-2. なぜ現場での希釈・調製が必要なのか?
メーカー製標準ガス(市販標準ガス)は、国家標準に直結する圧倒的に高い精度と信頼性を持ち、分析機器の絶対的な基準として使用されます。主に超高精度の天秤を用いた質量比混合法などにより製造され、高圧ボンベに充填されて供給されます。不確かさが極めて小さいため、日常の機器校正や定量分析に最適です。
このように、分析機器の校正にはメーカー製標準ガスを使用するのが最も確実ですが、実際の分析現場では自前で調製しなければならない場面が多く存在します。主な理由は以下の3点です。
(1) 多点検量線の作成
検量線の直線性を確認するには、一般的に5点以上の異なる濃度が必要です。しかし、濃度ごとに高価なボンベを揃えるのはコスト・保管スペースの面で現実的ではありません。
(2) 低濃度・不安定成分の直前調製
ppbレベルの超低濃度ガスや、壁面に吸着・分解しやすい成分はボンベ内での長期保存ができません。使う直前に調製(オンサイト調製)する必要があります。
(3) 液体試薬からのガス調製
常温で液体の有機溶剤(トルエン、アセトン等)から標準ガスを作る場合、マイクロシリンジ等を用いた気化調製が必要です
1-3. ガス調整における注意点
液体試料の分析と異なり、気体試料の調製には「温度」と「圧力」による容積変化の補正が常に付きまといます。気体の状態方程式(PV = nRT)に基づき、測定時の環境条件を把握・制御することが精度の高い検量線作成の第一歩です。
- 温度・圧力の影響
- 例えば、大気圧下において温度が 10 ℃変化すると、気体の体積は約 3 %変化します。標準ガスを調製した環境と、シリンジ等で採取・注入する環境の温湿度・圧力が異なれば、そのまま系統誤差(データのズレ)につながります。
- 状態変化(結露)の回避
- 常温で液体の成分を気化させて標準ガスを作成する場合、希釈後の分圧がその温度における飽和蒸気圧を超えると結露が生じ、著しい濃度低下を引き起こします。常に余裕を持った低濃度領域で設計する必要があります。
- 吸着・透過・漏れに対する材質選定
- 気体は表面積に対する分子の接触回数が非常に多く、器具や配管の材質選択を誤ると「気相中の成分が器壁に吸着する」「高分子膜を透過して漏れ出る」といった現象が容易に発生します。サンプルの物性に合わせた材質選定が重要です。



























